石井好子先生お別れの会

11:30~帝国ホテルで、とのお報せを頂いていたので
11:20位に行ったら もう大勢の方達がいらしていた。

大きな祭壇。
ブルーの背景に白いお花。
まるで先生のステージドレスのようだった。

白いばらの花を献花。
先生に初めてお会いした高校生の頃からの事が
一度にドッと蘇って 胸が熱くなった。

シャンソンなんて何も知らず
高校生の時、初めて受けたシャンソン・コンクール。
「水に流して」を歌った私に
「あなたには まだ早い」というお手紙。
「シャンソン 少し歌ってみる?」と直接頂いたお電話。

先生に呼び出されて初めて行ったエスパース・ジロー。
そこで 「何か歌ってごらんなさい」と言われて歌った「パダン パダン」。
その場で「ステージではこうやって立つの」
「この時手は この位置」と 
私の脇に立って 実際に動いて見せて下さった。


人前で歌ったことも、マイクで歌ったことも
ほとんどないに等しい私の
初めてのステージが そのエスパース・ジロー。

ピアノトリオが入っていた。
「バンド用の譜面作ってもっていらっしゃい」と言われても
その意味がわからなかった。

紹介していただいて 人に頼んで作った譜面。
でも どんな音か゛出るのかも
どんなイントロなのかも 解らないで
リハーサルも無しで の本番。
何しろ レパートリーなんかなくて
とりあえず9曲。
無知・・・ってスゴイことだなあ。
怖かったけれど エイッという気持ちになれたのは
「若さ」だったのかも。

その時以来 様々な場面で 先生から教えて頂いたことは
たとえ 短いほんの一言でも
私の心にしっかりと 焼き付いている。

先生には近付きがたいオーラがあって
正直、怖かったけれど その凛とした佇まいは
いつもあこがれだった。

とにもかくにも 今こうして
シャンソンに携わっていることが出来る、ということ。
先生にありがとうございますと きちんとお礼が言いたかったなあ・・・
でも言えなくてごめんなさい と
祭壇の大きなお写真を 見上げながら思いました。

多分多くの歌い手が
先生に対する様々な感謝の気持ちを
胸に持ち続けていると思う。
私も含めて みんなが これから
どうやって 正しくシャンソンと付き合っていくかということが
先生に対する気持の証なのだろう。

あまり好きな言葉ではないけれど
頑張ります。

帰りの地下鉄は日比谷の駅から乗った。
かつて エスパース・ジローがあった
日比谷ツインタワービルの地下に駅がある。
ツインタワービルの階段を降りながら
ああ ここから始まったのだなあ・・・と。
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by lamanda | 2010-08-27 00:31 | Comments(0)