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お礼とお詫び

いやいや 世の中 何が起きるかわからない。

24日、藤原君とラマンダで
翌日のコンサートの確認のリハーサル。
あんまり歌いすぎるのも よくないね、と軽めに済ませる。

藤原君がかえった後 少しだけ仕事 をして
家に帰った。
ドレスやら明日に使う物を入れた袋を右手に持って。

生憎の雨。
ドレス 濡らさないようにしなくちゃ・・・などと思いながら
今日のリハーサルの録音を
イヤホンで聞きながら帰る。
午後九時。

家のマンションの廊下を歩いていた時に・・・
多分 床か濡れていたからだと思う・・・
気がついたら 両膝と左手に激痛。
滑って転倒したのだった。
荷物を持っていない 左手で
身体を支えようと 床に手をついたらしい。

あまりの痛さに 気が遠くなりそう。
真っ先に思った事は 「骨折してたらどうしよう・・・」
何しろ今まで 左右の足の小指をそれぞれ 骨折したことか゛ある。

そして「顔をぶつけなくて良かった」

立てるか自信なかったけれど
頑張って 立ち上がり どうにか部屋へ。

膝も痛いけれど 左手のヒジが痛い・・・

まりに連絡し 日本医科大へ。
そこで落ち合う約束。

夜間救急に行ったら
今日の当直に整形の先生はいない・・と
胸部外科しかいない、という。
胸部外科でも良いから看て欲しいと頼んだけれど
断られた。

代わりに 救急病院を調べてくれる
電話番号を教えてくれた。

のんびりした声のおじいさんが
関東労災病院なら 整形の先生が当直でいるからと
教えてくれて さらに 問い合わせてくれた。
ところが 救急車がこれから入るので
そっちが優先だから 看れないと言っているという。

この二つの病院以外は
家から とても遠い。

ちょうどまりが車で 日本医大に到着したので
とりあえず 断られたけれど
関東労災病院へ行ってみることにした。
母が2カ月も整形に入院していた病院だ。

でも 無駄脚でした。
とにかく ダメ、看れない、他の病院を探してくれ・・・

なるほど、よく新聞記事にある
「病院を盥まわしにされて・・・助からなかった」とかいうのは
こんな感じなのか・・・と納得。

仕方ない 前にカフェのクリンチャンが 自転車事故で怪我したとき
救急車で運ばれた 都内の国立第二でも行ってみようか・・・
・・・・いやいや それより近い そうだ 
奥沢病院は 確か救急指定病院だし近いから
行ってみよう・・・と まりの車で行く。

とりあえず 病院の中に入れてもらえた。
整形の先生はいないので
レントゲン撮って 折れているかどうかだけなら
看てあげられるという。
それだけ確認して 痛み止めと湿布だけでももらえればよいと思った。

やっと看てもらえる・・・と安心したら、あらら またもや
「救急車が来るので、そちらが先になります」と言われる。

来たのは飲みすぎで 「気持ち悪い・・ケエゲエ」という
若い女の人だった。

救急の時は 遠慮せずに救急車にお願いした方が
確実なのだろうか・・・と考えさせられてしまった。

ひどく待たされて レントゲン。
看てくれたのは 学校出たばかり位の若い女医さん。
レントゲン見ながら
「とりあえず 折れている、という感じではないですね」
と言うので 薬だけもらい帰宅。
夜中の0時半。

腕が曲がらないので
服を着替えるのが 大変。
でも ああ 良かった これくらいで済んで・・
ゆっくり休まなくっちゃ・・・とベッドに入る。

翌日25日。
ビックリするくらい湿布が効いて
腕が 楽になる。
再び ああよかった・・・と安心。
でも 荷物 を持てないので
フジワラ君に家まで荷物を取りに来てもらう。

・・・・・

13:30入り 14:00から
会場の十字屋ホールで リハーサル。


一曲目から アレっ 声が変。
歌えは゛歌うほど 声が出なくなっていく。

・・・・・・・
ほとんどの曲のキーを 半音下げてみることに。

・・・・
何が何だか・・・なんで 昨日まで普通に歌っていたのに。

オクノ君が気休めだけれどと
クララや 喉アメ等買ってきてくれる。
ありがとう。

・・・・・・
一曲ごとに もしかして 今度は大丈夫かも、
と期待するけれど
逆に どんどんダメになっていく。

とても 悩んだけれど 
兎に角 出来るところまで歌ってみようと 本番へ。

一部は 
「ジャヴァ」以外は どうにかプログラムを歌った。

  <1部>
1.時は過ぎてゆく
2.ジャヴァ     
3.新婚旅行
4.イレーヌの店
5.暗い日曜日         
6.ナントの雨     
7.黒い鷲       
8.懐かしき恋人の歌
9.遠い道
10.枯葉によせて

<2部>
1.恋は  
2.ピアノ弾き 田尻君
3.Sans Toi  田尻君
4.心の糸
5.スカーフ
6.アバンチュール
7.ロッテルダム
8.涙
9.おゝ我が人生
10.歌い続けて


休憩に入った途端
ほとんど 声がでなくなった。

でも二部は田尻君に手伝ってもらうことにしていたので
結果、とても助かった。
「愛の讃歌」を 一緒に歌ってもらい
「ミラボー橋」で 最後の曲とした。

オレンジ色字の曲が歌えなかった曲。

悔しかった。
でも仕方ない。

フジワラ君、匠さん、ゆり子さん、この三人のミュージシャンには
感謝の言葉も見つからない。
急遽の半音下げにも 応じて
私の声の具合に合わせた演奏をしてくれた。

そして 何より お客様には・・・・
なんとお詫びをを言ってよいやら
なんと感謝してよいやら。

忙しい中 時間をやりくりしてきて下さった方
遠方から お出かけ下さった方、
初めて私の歌を生で聴くのを楽しみにいらして下さった方・・・


以前も コンサートの当日の朝
突然声が出なくなった事が 何度かある。
その時は 石井好子先生や
高英男さんが 私の代わりを務めて下さった。
ソロコンサートでは 今回初めて。

なんとか 自分自身にリベンジしたいと思う。
いらして下さった お客様、
待っていて下さいね。
必ず お返ししますから。

嘆いてもしかたない。
ああ言った場面で
どのように処理して 乗り越えればよいのかという
一つの貴重な・・・でも本当はしたくなかったけれど
・・・経験だったと 思いこむしかない。

・・・・・・・・

そして 今日 ちゃんと整形の先生に看ていただこうと
奥沢病院へ。
ららら・・・整形は午後からの診察のみと。
午後は 中級Bクラスの発表会なので無理。

近くの接骨医へ。
CTで看てくれた。
肘の頭骨がつぶれていると。
テーピングしてもらう。
出来るだけ 曲げたままにして
動かさないようにと。
全治五週間だそうだ。

後ろ脚は以前に 左右両方骨折。
そして今回は 前足故障。
前足右、気をつけなくてはね。

耳鼻咽喉科では
へんとう腺から声帯まで 炎症を起こして
真っ赤になっているといわれた。
「痛いでしょう」とか 薬が「しみるでしょう」と訊かれるけれど
痛みは全くと言っていいほど゛ない。
ただ 声が出ないだけ。

兎に角声を出さない、しゃべらないように、
筆談するくらいの気持ちで
日常生活をするように と言われる。

全く、もう・・・でも仕方がない
早く治さなくては。
今は ただそれだけ。
by lamanda | 2010-10-26 21:20 | Comments(0)