鬼の撹乱

お客様のお一人が慶応の先輩だった。
シャンソン歴はまだ浅いけれど
良い歌や歌い手を しっかり聞きわける感性のある方で
気にいると 邪心なく きっちりと応援される。

今はラマンダの二階のサロンのライブを気にいってくださって
色々な歌い手の歌を 聞きに来てくださる。
純粋に 音楽とか 音楽を取り巻く環境の心地よさを
楽しんでくださる お客様というのは
本当にありがたい。

ありがたいことか゛続いて
慶応の同期の方たちの集まりに
月曜の夜、ラマンダのサロンを利用してくださった。

集まった方たちは
みなさん 初めてお会いする方たちばかりだけれど
同窓 というだけで
先輩にも関わらず
とても リラックスした気分で お話か゛出来る。
四年間 同じ環境で学んだという ことだけで
互いに了解しあえる 何かがあるのだなあ。

私の中では 大学の4年間を過ごした慶応より
小学校からの12年間を過ごした
教育大付属の方が 思い入れは強い。
でも 今回の慶応の先輩たちの集まりで
最後に皆で肩を組んで 
応援歌の「若き血」を大声を張り上げて歌ったときに
ああ 慶応の同窓の仲間でよかったなあ とシミジミした。

でも 残念なことに
その月曜の集まりが始まったころから
なぜか体調がおかしくなってきて 
いまひとつ元気に皆さんと お話しできなかった。

あまりに具合が悪いので
家に帰って 熱を測ったら 37.8度。
びっくりして 早くにベッドに入ったけれど
熱はドンドン上がって 38度を超えてしまった。
気持ち悪くて 明け方まで上手く寝られなかった。

もう火曜は身動きできないかも・・
どうしようと思っていたけれど
不思議なことに 火曜の昼前には 平熱より高いけれど36.8度。
午後の一時過ぎからはレッスンを含め いつもの生活に。

一体あの熱は何だったのだろう。
風邪の一種なのか、熱中症の一種なのか・・・
喉は 未だに要注意 黄色信号状態。
元気だ、体が丈夫だと 慢心しないで 気をつけなくてはね。

今週の土曜には
慶応続きで 大学の時のテニスサークルの先輩たちの
還暦のお祝いの会で またサロンを使っていただく。
また 皆で「若き血」を歌える。
それまでには 体調を整えます。
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by lamanda | 2010-07-29 00:11 | Comments(0)

何か月ぶりの休日だろう

目覚ましをかけずに
目が覚めるまで寝ていた。

昨夜ベッドに入った時のまま
スタンドの電気もテレビもつきっぱなしだった。

母の病院へ行く。
戴き物だけれど 好物の甘納豆を持っていく。
とても喜んでくれた。

余裕を持って 母の相手をしていると
同じことを何回も何回も何回も何回も何回も 訊かれても 話をされても
ちっともイライラしないのだなあ。

母に「石井先生亡くなったのよ」と報せると
「まあ 淋しいわねえ。
代わりになるような方はいないの?
ああいう方は お病気でもなんでも
とにかく いらっしゃるというだけで 
意味のある方だったのにねえ」という。

そんなしっかりしたことを言うくせに
自分が脚を折ったことも 手術したことも
今いる場所がどこなのかも
何のためにいるのかも
全くわかっていない。
あーあ・・・
・・・・・・・・・

帰りに自分の誕生祝いと言い訳して
前から気になっていた ロンシャンのバッグを買う。

明日からまた「日常」が始まる。
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by lamanda | 2010-07-26 00:22 | Comments(0)

バースデー・コンサート

昨日は 12:15からの自由が丘2のカルチャーの後
14:00開場、14:30開演で
1Fのスタジオで バースデー・ライブ・コンサート。
生徒さんを中心に 80名近い方達が来て下さった。

オクノ君が前唄を引き受けてくれて
二曲も 私の誕生日のために オリジナルを書き下ろし 披露してくれた。
「覚えにくい誕生日」
「Yuka 50X」
マツウラさんも 照明の機材をたくさん車に積み込んで来てくれた。

フジワラ君、オクノ君、マツウラさん・・
みんな二十歳のころからの 付き合いだ。
それぞれの立場と環境の中で 音楽を続けてきた。
そして 今も それぞれに活動している。
でも こうして時々 一緒に 一つの音楽の場を作れるって・・・いいなあ。
それこそ、ラ・リエゾン。

夕方からは 2Fのサロンで 
若干プログラムを変えて 夜の部のライブ。
こちらは 18名。
親密な空間のなかでリラックスして歌えた。

皆さんから たくさんのプレゼントや お祝いの言葉を頂いた。
なんて 幸せなことだろう・・・
でも ママは 今日が私の誕生日っていうことも
忘れているのだろうなあ・・・・

・・・・・

いらして下さった お客様には 
バースデーケーキのお裾わけの代わりに
ダロワイユのマカロンをお土産に持って行って頂いた。

終わった頃に マツバ夫人が
お寿司やオードブルの桶を持って来てくれて
打ち上げ。

なんとマツバ夫人の二人目のお孫さんが
今朝生まれたという。
私と同じ誕生日。
まだ お顔も見たことのない赤ちゃんだけれど
私にとって 友達のお孫ちゃんが
自分の誕生日に生まれてくれるなんて
なんだか 嬉しい 誕生日プレゼント。

この赤ちゃんの成長する早さと
私の老化していく早さは
これからの20年で 
同じくらいの変化を それぞれの肉体にもたらすのかも。
うーん・・・怖いけれど 楽しみ。
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by lamanda | 2010-07-23 23:28 | Comments(0)

訃報・・・石井好子先生

石井好子先生が亡くなられたとの知らせが。
・・・ああ とうとう その時が来てしまった・・・

7月17日に肝不全のために亡くなられたという。
御葬儀はお身内で済まされ
お別れの会が8/26に帝国ホテルであるという。
http://www.chanson.to/

私にとって 「先生」とお呼びすることの出来る
数少ないお一人だった。
石井先生とめぐりあうことがなかったら
今日まで こうしてシャンソンとともに歩んで゛来ることはなかった。
感謝の気持ちを込め
心からご冥福をお祈りします。
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by lamanda | 2010-07-21 18:15 | Comments(0)

転院

やっと 母を転院させた。
まりに手伝ってもらう。
午前中に 退院手続きをし、タクシーで 
新しい病院へ母を連れていく。

なかなか転院先の病院のベッドが空かず
救急で運ばれた 関東労災病院に約二カ月も
お世話になってしまった。
長く入院したから当然 とはいえ
請求書も 思わず数字を見直すぐらいバッチリ。 
高齢者は お金がないととても心細い思いをするのだなあ・・・

転院先は 新横浜にあるリハビリ専門病院。
たくさんの専門職の方がいて かなり至れりつくせり。

初日なので 母の状態を看護師さんや先生がチェック。
母も 初日でテンションが上がっていたせいか
何だ こんなにできるじゃない、というくらい
しっかり立ったり、ベッドから起き上がったりしてみせる。

一度家に帰ってから
横浜「デュモン」へ。
勉強会、そして 夜はライブ。
今日は お湯の中を歩いているような
超真夏日の一日。
さすがにぐったりする。
でも 我ながら 自分の体の丈夫さに感心してしまう。
こんな健康な身体にしてくれた 親に感謝。

間もなく 私の誕生日。
今年は ラマンダで 昼夜 バースデーライブをする。
お陰さまで 昼夜、どちらも 
チケット完売、予約満席となりました。
ありがとうございます。
楽しい一日になりますように。
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by lamanda | 2010-07-21 00:41 | Comments(0)

さよならツボちゃん

ツボちゃんのお通夜に行ってきた。
生徒さんの一人だ。

13日の朝 奥様からのお電話で
亡くなられたことを知った。
風邪をこじらせての肺炎とのこと。
享年74才。

8/4の「私の巴里祭」に向けて
とても張り切っていたのに・・・
先日のゲネプロの時も 居残りして練習していたのに・・・
あまりに突然のことに 
なんだか現実感がなくて
ふわふわした気持ちで斎場に行った。

でも 祭壇に飾られた ツボちゃんの写真を見て
「ああ 亡くなったって本当なんだなあ・・・」と思った。

沢山いる生徒さんの中でも
彼は とても印象深い。
彼のような生徒さんは 初めてだった。

とにかくリズムがとれない。
初めてお教室に来たころは
音楽に合わせて 手を叩くこともできなかった。
「イチ ニ サン シ」と言いながら
手をたたくことさえ うまくできなかった。
ましてや 歌いながら 手をたたいたり 歩いたりということ等
全く無理だった。

一体どうしたらよいか・・と 私フジワラ君も散々悩んで
色々な方法を試みた。

「継続は力なり」とよく言ったものだ。
初めのころを思えば 最近は 驚異的な進歩を遂げた。
勿論 上手くいくときも そうでないときもあったけれど
どうにか 歌としての 形にできる確率が
かなり上がってきたところだった。

私だったら きっとメゲてしまうだろうに
彼は とにかく頑張り続けていた。

そんな彼の姿に
他の生徒さんも「ガンバレ」と 心の中で祈りながら、
応援しながら、ハラハラドキドキしながら
彼のステージを聞いていたという。

ああ・・・残念。
8/4 は「ロマンス」を歌うことになっていた。
しばらくは「ロマンス」歌うたびに 
ツボちゃんのこと思い出すだろう。

彼にとって シャンソンはとても大きな楽しみだった。
ライブハウスにも聞きに行っていた。
お教室の色々な集いにも 必ず参加していた。
74年の人生の ほんの少しの時間ではあったけれど
ツボちゃんにとっての「楽しい時」を一緒に過ごせて ヨカッタ。
「楽しい時」を過ごす 手伝いができて ヨカッタ。

・・・・・・
この一週間は怒涛のよう。

7/14のラマンダでの ラリエゾンのライブは
巴里祭であるとともに
メンバーの多賀健祐クンの 
シャンソン・コンクール グランプリおめでとう ライブでもあった。
グランプリ獲得が 全てではないけれど
そういう経験は 自信につながるのか
彼の歌も 一回り太くなったように感じた。

相変わらず マユカちゃんの状況がはっきりしないので
今回は スペシャルバージョンで
私が 彼女の代わりに 「ラリエゾン」のテーマやら
「何かお探しですか」の マユカちゃんのパートを急遽担当。
・・・もっと練習しておけばよかったなあ・・と
若干の後悔が残るものの
なかなか楽しい ステージだった。

オクノ君も参加して
二人でオクノ君のオリジナルの「広場」や 
羽岡仁さんの「青春」を二人で歌った。

傍から見たら
ラリエゾンの父兄会みたいな感じかもしれない。
でも 私の気分は まるっきり 20代のころ。
オクノ君が 私の家に遊びに来て
ギター弾きながら 一緒に歌っていたころの気分。

音楽って 時間を超えるんだなあ・・・
音楽やっていて よかったなあ・・・
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by lamanda | 2010-07-18 02:14 | Comments(0)

さて

「パリ祭」が終わって ほっとするのもつかの間
次々と しなくてはならないことが覆いかぶさってくる。

先ずは 8/4水開催の「わたしの巴里祭」の準備。
今年で19回目。
つまり19年目になる コンサート。

アマチュアでもここまでできるというステージを作りたくて始めた
生徒さん達の 年に一度の大きなステージ。
そのコンサートのゲネプロも火曜に終了。
さあ これからの一ヶ月で 歌を磨き上げていく。

鎌倉芸術館小ホール。8/4 16:00開演です。
お近くの方は 是非予定に入れてくださいね。

そのコンサートの準備諸々。
・・・お弁当のことやら お花のことやら、
プログラム印刷の件
カフェのゴキブリ駆除の件
カフェのアルバイトの件
カフェの売り上げの件
スタジオとサロンのライブスケジュールの件
スケジュール印刷の件
7/14のラ・リエゾンの ラマンダでのライブの件

・・・そういえば7/14 のライブでは
ラ・リエゾンのメンバー多賀健祐クンの
シャンソン・コンクール グランプリ獲得お祝いも
兼ねることになっている。
マユカ嬢が体調悪くて出れないので 
私とオクノ君も参加することに。
にぎやかにできれば・・・と。
お楽しみに。

それから まだまだいっぱいある。
7/22のバースデー ライブの件。
去年は しなかったので 今年は しっかりバースデーライブをすることに。
何と 昼は14:30~スタジオで。
夜は19:30~サロンで。
二本立てです。

それから忘れてはならない、
スタジオとサロンのダスキンの契約の件
母の転院の件
・・・決めなくてはならないことが 行列している感じ。

これは もう ひたすら目の前に迫っているものから
一つずつ 処理していくしかない。

「芸術家の人生」の中の台詞が頭の中でグルグルする。
「溜まっていくだけの請求書、何の楽しみもない夜・・・」

これではいけないと
今日は 横浜のレッスンに行ったついでに買い物。
マギーで ビニールの夏用の大きなバック一つ、
ダイアナで サンダルを二足。
なんだか ちっぽけだなあ・・・

でもたとえ ちっぽけな買い物でも
買い物というのは 一瞬の高揚感があって
・・・・本当に わずかなひと時だけど・・・・ すっきりする。
ところか゜ 家に帰るまでには それも消えてしまうのよね。
でも 何もないよりよいか・・・

夏のバカンス・・・サントロぺ・・・夢かしら。
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by lamanda | 2010-07-11 03:00 | Comments(0)

2010年「パリ祭」第2夜

第48回「パリ祭」二日目。

今日は10:30からリハーサル。
昨日と同様 丁寧にリハーサルをして
本番に臨む。

今日は ソロがないので
とても精神的に楽。
オープニングの三曲に気持ちを集中させる。

今日は 私が参加している場面では
特にアクシデントもなく
恙無く終えることができた。
ヨカッタ・・・

終わってしまうと なんだかさびしい。
振り付けだって あんなに一生懸命覚えたのに・・・
確かに 今年は 例年より大変だったけれど
それなりに 自分自身についての発見もあったし
ブーブー言いながらも 参加させていただいてヨカッタ、
そして なんでも やってみて
初めて解ることがあるのだと・・・改めて思う。

兎にも角にも 無事に終えることか゛出来て何よりうれしい。
お出かけくださった 皆さま ありがとうございました。

一緒に舞台を作ってくださった
ミュージシャン、スタッフの方たち、歌い手の仲間たち、
そして こういう達成感を与えてくれるコンサートを
企画しプロモートしてくださった
石井好子先生、プロデューサーの窪田さんには
感謝の気持ちでいっぱいです。

さてさて 明日からは 
このまま エンジンかけっぱなしで
8/4開催のお教室のコンサート「わたしの巴里祭」に突入します。


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オープニング

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一部フィナーレ

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二部フィナーレ
(撮影:渡辺久美)
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by lamanda | 2010-07-05 02:02 | Comments(0)

7:00起床
9:30 NHKホール入り

10:00過ぎから 場当たり 
そしてそのまま衣装をつけて 本番通りの
一部のリハーサル。

短い休憩をはさんで
二部場当たり、そしてリハーサル。

あっという間に 開幕の18:00に。

オープニングでステージの壇上に並び
毎年のオープニングオルゴール音の「パリ祭」 が鳴ると
「ああ 今年も この日が来たのね」と 胸が熱くなる。

今年はオープニングのコーラスとダンスが
例年より一曲増えたので 大変。
「パリは永遠に」「パリはシャンパン」「ブギウギ パリ」。

「パリはシャンパン」は途中で アクシデントがあり
皆 あわてる。
でも ミュージシャンも 歌手たちも さすがプロ、
多分お客様には わからなかったはず。

三曲目の「ブギウギ パリ」は 
練習していた時と本番と
テンポが違って 戸惑う。

この三曲で 結構精力を使い果たす。

ソロは「ミラボー橋」。
ピアニストの 南平さんが 
私の朗読をよく聞いて 合わせてくださったので
とても助かる。
感謝。

何しろドレスのすそが重くて
階段7段 語りながら降りるのが大変。
ちなみに 「ミラボー橋」で着たドレスは
パリで買った お気に入りの一つ。
でも 裾に沢山パニエが入っているので
蹴っ飛ばしながら歩かないと 前に進まない。

兎にも角にも ソロが終わって とても楽に。
二部は お弁当食べながら
楽屋のモニターで 皆のステージを楽しむ。

今年は 石井好子先生が 体調を崩され
出演されなかった。
石井先生のいらっしゃらない「パリ祭」は 確かに淋しい。
でも その分 心を尽くしてステージを務めようという気持ちになった。

先生からいただいた イアリングは「ミラボー橋」の時に
そして ブローチは「パリはミュージシャン」の時に
つけさせていただきました。

先生のアクセサリーを身につけて ステージに立つと
石井先生に シャンソン・コンクールで拾っていただいてからの
長い私のシャンソン人生が 次々と蘇ってきて
先生への敬愛と 感謝の気持ちで
私にしては珍しく ウルウルになった。

今年は48回「パリ祭」。
凄いなあ 半世紀近くも 続いているなんて・・・・

明日もう一日 ソロはないけれど 頑張ります。
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(撮影:渡辺久美)
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by lamanda | 2010-07-04 00:33 | Comments(2)